1、歯科は訴えられることが多い?
医療訴訟とは医療行為が問題となる民事事件のことです。
医事関係訴訟ともいい、 医療従事者の注意義務違反や医療ミスが原因で患者側に損害が生じる医療過誤を立証し、患者側が医療従事者に対して損害賠償責任を請求します。業務上過失致死罪で刑事訴訟として扱われるケースもあります。
厚生労働省によれば令和3年の医療訴訟事件のうち、地方裁判所で裁判が終わった820件の診療科別件数は歯科が100件。1位の内科(238件)に続き、第2位となっています。
2024年には、歯科医師12人に行政処分が下されています。内訳は以下のとおりです。
(歯科医師)12件
歯科医業停止3年・・・・1件(詐欺1件)
歯科医業停止2年・・・・1件(覚醒剤取締法違反1件)
歯科医業停止1年7月・・1件(道路交通法違反、過失運転致傷1件)
歯科医業停止1年6月・・1件(大麻取締法違反1件)
歯科医業停止1年・・・・2件(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律違反1件、麻薬及び向精神薬取締法違反1件)
歯科医業停止6月・・・・1件(宮崎県における青少年の健全な育成に関する条例違反1件)
歯科医業停止3月・・・・1件(北海道迷惑行為防止条例違反1件)
戒告・・・・・・・・・・4件(過失運転致死1件、道路交通法違反1件、道路運送車両法違反、自動車損害賠償保障法違反、過失運転致傷2件)
引用:2024年2月7日医道審議会医道分科会議事要旨|厚生労働省
処分に関しては、刑事処分や個々の事案に応じて決定されますが、2024年に免許が取り消された者はいませんでした。
2、患者さんに求められる医師像は治療の腕よりも「話を聞いてくれるかどうか」
こうした医療訴訟や患者さんとのトラブルでより多く聞かれるのが、医療ミスなどではなく患者への説明不足によるものです。
医療者側は説明したつもりでも、患者には理解・納得が得られておらず、意思疎通ができて居なかったことによりトラブルに発展してしまうのです。
最近ではインプラントや矯正など高額な治療も多く、広く一般化されてきました。
このような高額な治療を決断する時、患者さんは「自分の話を聞いて納得感を得られる先生に診てもらいたい」という希望を持っています。
その気持ちに応えること、そしてより一層のインフォームドコンセント(説明と同意)が求められているのです。
3、「勝手に歯を削られた!」実際に訴訟となったケースから学ぶべきこと
東京高裁平成31年1月16日判決をご紹介します。
原告は、女性の患者で、歯周病検査と歯石除去を主訴として受診しました。
この際、歯科医師は、初期の虫歯があることを発見し、歯をわずかに削ってレジンで充填するという治療を行いました。
原告は、これについて「虫歯を勝手に治療された」と訴え、裁判になりました。
第一審では、歯科医による説明がなかったとの事実を認定し、30万9262円及び遅延損害金の賠償を命じました。
しかし、控訴審では、判断が覆り、歯科医による説明と患者の同意があったという事実を認定しました。
控訴審裁判所は、「歯科医師は,身体侵襲を伴う医療行為の実施前に,患者に対して,当該医療行為について,その目的,効果及びリスクに応じて相応の説明を行い,同意を得る義務を負う。」と一般論を述べつつ、「第1審被告(歯科医)は,歯石除去治療中に本件歯のう蝕を発見して,う蝕が疑われるので少し削ってレジンを充填すると説明し,これに対して,第1審原告(患者)は質問,異論,反論を述べず,治療の中止を求める言葉や動作もなかったのであるから,説明と同意があったものというべきである。」
「本件治療の内容に照らし,リスクや予後についての説明が不可欠であったとはいえない。また,第1審原告の主要な目的が歯周病検査と歯石除去であったとしても,それ以外の治療を明示的に拒否していたわけではないし,本件治療の目的は初期の虫歯という軽度の疾患の治療にすぎない。そうすると,第1審被告は,歯科医師としての説明義務を果たしたものと解される。」と判断しました。
また、患者は後日第三者を伴って来院し、歯科医と面談を行っています。
その際に、歯科医は説明と同意がなかったことを自認しているように考えられる発言をしていましたが、この発言について控訴審裁判所は、「(第三者が)強い口調による抗議と追及を中止しないため,とりあえずその場をおさめるために,自認するかの発言が出たものとみるのが無理のないところである。自認しているようにみえる部分を重視することは適切ではない。歯科医師としては,軽度の治療であったために,あらたまったていねいな説明はしておらず,患者側からコミュニケーションが不十分であったと強く言われたときに,直ちに反論しにくかったものとみられる。また,真相を説明してもその場がおさまらない雰囲気のもとにおいては,反省の弁を述べて深刻な紛争の発生を防止し,早期に円満に解決するということも,抗議に対する応急的な対処としてはありがちなことも考慮すべきである。」と評価しています。
この判例では第一審では歯科医に対し損害賠償が命じられたものの、控訴審でトラブルの内容を掘り下げたことで判断が覆りました。
しかし、このようなトラブルはいつどの歯科医院においても発生しうる内容だと思います。
歯科医院にとっては日常的な小さなう蝕、そしてCRであっても患者にとっては非日常であり、患者さんへの十分な説明と明確な同意を得ることが大切であることを考えさせてくれる判例です。
4、歯科医師の説明義務
ではどのようにして患者とのトラブルを回避すれば良いのでしょうか?
インフォームドコンセントへの理解を深めるために、まずは医師に課せられている説明義務から振り返って行きましょう。
(1)説明義務について
患者は自分が受ける治療内容について自分自身で決定することができる権利(自己決定権)を有しています。ですが、患者は自己決定を行うための判断に必要な医療知識や情報を持ち合わせていません。
そこで医師は、患者が適切に自己決定権を行使し得るに足りる情報を提供する義務、すなわち「説明義務」を負っています。
(2) 歯科医師の説明義務の内容・範囲
歯科医師の説明義務の内容やその範囲は、歯科診療の以下のような特殊性から広範かつ厳格になる傾向があります。
《歯科診療の特殊性》
① 適応可能な治療方法や使用する材料、材質が多種に及ぶ場合が少なくなく、患者の自己決定権が重視される場合が多い。
② 生命を救う緊急を要する事態は稀であり、説明や同意を得るための時間的余裕がない場合は少ない。
③ 抜歯や歯の切削等の復元不能な治療が多い。
④ 外貌などに及ぼす影響が大きい場合がある。
⑤ 高額の治療費がかかる自由診療に対する患者の期待・要求が大きい。
5、トラブルを回避するために
(1)手書きカルテなどへの詳細な記録
歯科医師が患者に対して十分な説明をしたかどうか、患者がそれに対して同意したかどうかが争いになるケースが多くあります。
このようなトラブルを避けるためにの証拠となり得るのがカルテへの詳細な記録です。
カルテは、医師等が自己の業務上診療行為の都度、経時的に作成するものですから、そこに記載された患者の症状・病名・処置・その他の診療経過の記載は、その時点における作成者の事実認識の反映であることから、信用性が高いと判断されます。
カルテに記載されている事実については改ざんが認められるような特段の事情がない限り、記載どおりの事実が存在する、あるいはそのような認識・判断があったものと強く推認されます。
説明した内容やそれに対する患者の返答などについても記載しておくことで、後から患者に対して説明することも容易くなるため、必ず記載しておきましょう。
(2)分かりやすく具体的な言葉で説明する
医師による説明は、患者が自己決定できるようにするためのものですから、患者が理解できない説明をしてしまっては意味がありません。
患者の理解度に応じて言葉を工夫したり、模型やレントゲン、口腔内写真などを用いて患者が理解できるよう努め、患者の自己決定を助けられるように、分かりやすくて具体的な説明を行う必要があります。
(3)患者が自分から話しやすい環境作り
説明が十分であったとしても、会話が一方通行であったり、患者が自分から話を切り出せないような環境では、その後トラブルになってしまいかねません。
患者が質問や疑問を投げかけやすい環境作りを行ったり、説明の最後には何か質問や疑問がないかどうか尋ねるなど、医師と患者の信頼関係を構築できるよう配慮しましょう。
<まとめ>
患者さんとの信頼関係を築くことはトラブルを未然に防ぐためにもとても重要です。高額な治療に関わらず、普段から挨拶をすることや笑顔での雑談などを重ねて、患者さんとの心の距離を縮めておくようにしましょう。
ライター:古家
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