歯科医院M&Aで買う前に確認したい7項目|デューデリジェンスと総投資額の考え方

歯科経営

歯科医院の承継開業や分院取得を検討している先生へ。譲渡価格と年間売上だけで、購入を決めようとしていないでしょうか。買い手が確認したいのは、前院長の下で成立していた診療と経営を、自分の体制でも続けられるかという点です。

本記事では、契約前の調査であるデューデリジェンス(DD)を、歯科医院を買う側の視点で整理します。候補医院を比較し、「追加調査する」「条件を見直す」「見送る」を判断するための実務チェックです。

最初に押さえたい3点
① 譲渡価格と、診療を始めて継続するための必要資金を分ける。
② 過去の売上を、そのまま承継後の売上と考えない。
③ 未確認事項には、資料・確認担当・回答期限を付ける。

以下のチェック項目と試算は、ORTC編集部による検討用の整理です。価格相場や個別案件の適否を示すものではありません。契約・税務・労務・行政手続きは、案件の条件に応じて専門家と関係窓口に確認してください。

最初に確認する資料の一覧

以下は確認資料の例です。全案件共通の提出義務ではなく、取引方法と調査段階に応じて売り手・専門家と開示範囲を決めます。

確認する分野最初に確認する資料の例
引継ぎ対象対象資産・契約・債務の一覧
収益決算書、月次売上、担当医別の診療実績
患者・診療個人を識別しない来院・治療進行の集計
スタッフ雇用契約、勤怠・給与、資格確認の資料
設備・契約機器台帳、保守記録、賃貸借・リース契約
必要資金仲介・専門家・更新費用の見積書と資金繰り表
行政・引継ぎ必要手続きの一覧、窓口回答、担当・期限付き引継ぎ計画

資料の提供を受ける前に、秘密保持と個人データの取扱いを整理します。未取得の資料には取得担当と回答期限を付け、確認済みの資料と区別してください。

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1.「何を引き継ぐ取引なのか」を最初に決める

医院名や設備が同じでも、引き継ぐ資産、契約、債務、運営主体が同じとは限りません。まずは売り手の説明を、引継ぎ対象の一覧に置き換えましょう。

  • 対象に含むもの:医療機器、内装、在庫、名称、Webサイト、電話番号、システムなど。
  • 個別に整理するもの:賃貸借、リース、雇用、借入、未払い、保証、進行中の治療に関する対応。
  • 対象に含まないもの:前院長個人の資産や契約など、売り手が引き続き保有するもの。

個人医院の事業譲渡と医療法人の承継では、確認すべき制度や手続きが異なります。医療法人の承継を、株式会社の株式売買と同じ手順で進められるとは考えないでください。運営主体と取引の方法を、価格交渉の前提として専門家と整理します。厚生労働省の医療法人に関する資料も参考になります。[1]

2.収益は「前院長がいなくなった後」で組み直す

年間売上が同じ医院でも、その成り立ちが違えば承継後の見通しは変わります。決算書に加え、月ごとの売上、保険・自費の内訳、診療日数、担当医別の診療実績を突き合わせましょう。

売上の再現性を確認する質問

  • 前院長の専門技術や紹介関係に依存する診療は、どの程度あるか。
  • 直近の売上増加は、継続的な来院によるものか、一時的な高額治療によるものか。
  • 承継後の診療日・診療時間・人員で、現在の予約枠を維持できるか。
  • 入金と売上計上の差、返戻・査定、未収金に説明のつかない動きはないか。

利益も、自分の運営条件で組み直します。まず自分と勤務医が担当する診療内容・診療時間を決め、前院長が担っていた診療を補う勤務医報酬や採用費を見込みます。親族の無償の手伝い、割安な関連者取引、一時的な支出なども区別し、必要な業務と費用が承継後にどう変わるかを確認してください。

編集部からの提案:通常の計画に加え、「患者数が想定より少ない」「採用が遅れる」「設備交換が早まる」場合も月次資金繰りで試算します。借入元本の返済は損益計算上の費用とは別の現金支出として確認し、会計上の利益と手元資金を混同しないことが大切です。

3.患者数よりも、継続診療できる体制を確かめる

登録患者の累計人数だけでは、現在の診療状況は分かりません。直近の来院状況、定期管理の予約、治療中断、診療メニューの構成などを、まず個人を識別しない集計資料で確認します。

特に自費治療では、受領済みの代金と、これから必要になる診療・技工の負担を分けて整理しましょう。進行中の矯正・インプラント等について、診療内容、残工程、説明内容、費用、返金・再治療の相談窓口を確認します。患者の選択や診療の継続を、売買契約だけで保証することはできません。

患者情報の確認は、開示ルールとセットにする

秘密保持契約があれば、カルテや患者名簿を無制限に共有できるわけではありません。交渉段階で個人データを提供する場合の利用目的、取扱方法、安全管理、漏えい等が起きた場合の措置、交渉不成立時の返還・消去等を契約で整理する必要があります。個人情報保護委員会の通則編と医療・介護ガイダンスに沿って、開示範囲と閲覧者を専門家と決めてください。[2][3]

4.スタッフの在籍と、承継後の勤務体制を分けて考える

「スタッフがいる」ことと「承継後も同じ条件で診療できる」ことは別々に確認します。職種別の人数だけでなく、勤務日、担当業務、資格、雇用条件、退職予定、採用の必要性を一覧にしましょう。

  • 特定の人に集中する業務:予約管理、レセプト、物品発注、滅菌、システム管理などに代替担当がいるか。
  • 労務上の確認:雇用契約、就業規則、勤怠、給与、残業、有給休暇、社会保険の資料に不整合がないか。
  • 説明と意向確認:誰が、いつ、何を伝え、本人の意向をどのように確認するか。

事業譲渡により雇用主が変わる場合、労働契約の承継には原則として労働者本人の真意による承諾が必要です。承継後の労働条件等を十分に説明し、承諾を得る進め方を弁護士・社会保険労務士等と整理してください。合併などでは扱いが異なるため、取引方法を先に確認します。厚生労働省の労働契約承継の案内[5]も参照してください。売り手と調整せずにスタッフへ直接接触することも避けましょう。

5.設備・賃貸借・システムの「使い続ける費用」を見る

設備は帳簿上の金額だけで判断せず、現物、所有者、契約、保守記録を照合します。チェア、画像診断装置、滅菌器等は、使用状況と更新の見積もりを確認してください。

  • 機器:購入品かリース品か。残債、故障履歴、保守終了、更新費用は確認できるか。
  • 建物:賃貸借の承継・再契約、貸主の承諾、賃料、保証金、原状回復条件はどうなるか。
  • システム:電子カルテやレセコンの利用契約、データ移行、保守、アカウント管理を引き継げるか。
  • 集患・連絡手段:ドメイン、医院サイト、電話番号等の管理者と引継ぎ手順が明確か。

見学時に動いたという確認だけでは、長期利用の費用は分かりません。メーカーや保守会社の回答・見積書を取り、購入後すぐ必要な支出と、将来の更新計画を分けます。

6.譲渡価格に、追加費用と運転資金を重ねて考える

資金計画では、売り手に支払う対価、取引・立上げの費用、診療を継続するための資金を分けて積み上げます。ここでいう「総投資額」は、候補を比較するための検討用の呼び方です。会計上の取得価額や、融資対象額と一致するとは限りません。

検討時の必要資金
譲渡対価 + 仲介・専門家等の費用 + 設備・内装・システム等の追加支出 + 運転資金

仮の計算例:譲渡価格2,000万円なら、必要資金も2,000万円?

以下は考え方を示す架空の例で、相場・実績・見積もりではありません。各項目を重複しない支出として仮定しています。

  • 譲渡対価:2,000万円
  • 仲介費用:150万円
  • 調査・契約等の専門家費用:100万円
  • 設備更新・内装・システムの追加支出:500万円
  • 運転資金として確保する現金:300万円

この仮定では、合計は3,050万円です。運転資金300万円は、直ちに全額が費用になるという意味ではありません。実際の資金計画では、各金額に「見積取得済み・概算・未取得」を付け、未取得の項目を0円で埋めないようにします。税込・税抜、支払時期、保証金、引継ぐ債務、融資条件等を確認し、月ごとの入出金に落とし込んでください。

また、仲介・FAの報酬は料率だけで比較せず、最低手数料、計算の基準、支払時期、業務範囲、別料金を確認します。仲介とFAの立場や報酬説明の論点は、中小企業庁のガイドラインでも確認できます。[4]

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7.行政手続きと引継ぎ計画を、契約前にすり合わせる

購入の合意だけで、予定日に同じ体制の診療を始められると決めつけないことが大切です。開設者・管理者、保険医療機関の指定、施設基準等について、取引方法に応じて必要な申請・届出と時期を保健所・地方厚生局等に確認します。一律に「自動承継できる」「新規手続きになる」とは判断できません。

指定手続きの時期も契約前に確認:保険医療機関の指定・遡及指定は類型によって要件と手続きが異なります。関東信越厚生局の2026年9月1日以降の案内では、「その他の場合」に該当する遡及指定は原則として希望日の3か月前までの予定届出と、要請に応じた事前相談が示されています。全てのM&Aに一律の期限があるという意味ではありません。自院の取引がどの類型に当たるか、所在地を管轄する厚生局へ早めに確認してください。関東信越厚生局の案内[6]

そのうえで、予約、治療中の患者対応、スタッフ説明、前院長の関与、会計・請求、システム切替を一つの引継ぎ計画にまとめます。各項目に担当者、期限、完了条件、遅れた場合の対応を付けてください。

契約前に専門家と整理したいこと:調査で判明した問題を、価格変更、実行前の条件、売り手の対応、契約後の責任分担等にどう反映するか。値下げだけで解決できない問題は、対応が確認できるまで判断を保留します。

購入判断は「進める・再交渉・見送る」の3つに整理する

調査結果は、未解決事項ごとに「確認事項・根拠資料・現在の回答・診療と資金への影響・確認担当・回答期限・判断条件」をまとめます。口頭説明だけの項目と、資料で確認できた項目を分けてください。

記入例:チェアの更新費用が未確認の場合

確認事項

承継後も現在のチェアを使用できるか。

根拠資料

型番・購入年、保守記録、保守会社の回答、更新の見積書。

現在の回答

売り手から「使用できる」と説明あり。保守会社の回答と見積書は未取得。

影響と判断条件

更新時期・費用を資金計画に反映できるまで、購入判断を保留する。

次の行動

確認担当と回答期限を決め、資料取得後に再判定する。

確認の進め方を示す架空の記入例です。実在医院の状況や機器の使用可否を示すものではありません。

  • 進める:重要な前提を確認でき、自分の診療体制と資金計画で対応できる。
  • 再交渉する:追加費用や引継ぎ条件が見え、価格・役割・時期の調整で対応を検討できる。
  • 保留・見送る:必要資料がそろわない、回答に整合性がない、診療体制や手続きの重要な前提を確認できない。

見送る条件を先に決めておくことも、購入判断の一部です。「安い医院か」だけでなく、「自分が引き継いだ後に診療を継続できるか」を基準に比較しましょう。

まず取り組む3ステップ

  1. 候補医院1件の引継ぎ対象と、まだ確認できていない事項を書き出す。
  2. 必要な資料・確認担当・回答期限を付ける。
  3. 追加費用を含む資金計画と照合し、進める・再交渉・保留・見送りを整理する。

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買い手からよくある質問

Q.黒字の医院なら購入しても安心ですか?

黒字だけでは判断できません。前院長への依存、承継後の人件費、設備更新、借入返済等を反映して、利益と資金繰りをそれぞれ確認します。

Q.仲介会社がいれば、買い手側の調査は不要ですか?

担当する業務範囲を確認してください。仲介者に依頼する内容と、買い手の立場で弁護士・税理士等に精査してもらう内容を分け、誰が何を確認するかを明確にします。

Q.カルテや患者名簿は、最初の面談で見せてもらうべきですか?

まずは集計資料で検討できる事項から確認します。個人データを閲覧する必要がある場合は、目的、範囲、閲覧者、保管・返還等の条件を整理してから進めてください。

関連情報・参考資料

売り手の視点からM&Aの全体像を知りたい方は、歯科M&Aの基礎と安心譲渡のポイントもご覧ください。

  1. 厚生労働省委託:医療施設の合併、事業譲渡に係る調査研究 報告書(令和2年3月)(医療法人に関する参考資料。歯科個人医院へ一律に当てはめるものではありません)
  2. 個人情報保護委員会:個人情報保護法ガイドライン(通則編)
  3. 個人情報保護委員会・厚生労働省:医療・介護関係事業者向けガイダンス
  4. 中小企業庁:中小M&Aガイドライン(第3版)
  5. 厚生労働省:企業組織の再編に伴う労働契約の承継等
  6. 関東信越厚生局:保険医療機関等の遡及指定・機能移転(2026年9月1日以降の案内)

中小企業庁の事業承継総合案内

資料確認日:2026年10月20日。個別の取引方法、税務、労務、申請・届出の要件は、最新の資料と関係窓口で確認してください。

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