講師紹介 伊藤高史

- 伊藤高史
- いとう歯科医院 院長
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義歯治療、特に部分床義歯に携わる歯科医師
部分床義歯の設計、特にクラスプデザインや維持・把持に悩む歯科医師にとって、本動画は実践的なヒントを提供します。支台歯の形態がクラスプ設置に不向きな症例や、アンダーカットの処理方法など、具体的な臨床テクニックが学べます。特に一本義歯という特殊なケースにおける、レストの考え方や床の設計に関する解説は、日常臨床での応用範囲が広いでしょう。クラスプの種類(単鉤、両翼鉤)の選択基準や、それぞれの特性を活かした設計法は、より機能的で安定した義歯製作に繋がります。
院内技工に関心のある歯科医師・歯科技工士
院内で義歯の修理や簡単な製作を行いたいと考えている歯科医師や、そのサポートをする歯科技工士にとって、本動画は非常に参考になります。歯科医師自身が90分程度で一本義歯を製作するプロセスが具体的に示されており、材料の選択(水硬性仮封材、即時重合レジンなど)、ワイヤーベンディングの勘所、レジン築盛のポイントなどが理解できます。院内技工導入のきっかけや、既存のワークフローを効率化するためのヒントが得られるでしょう。特に短時間での対応が求められるケースでの応用が期待されます。
欠損補綴の選択肢を広げたい若手歯科医師
ブリッジやインプラント以外の欠損補綴オプションとして、一本義歯の適応や製作法を学びたい若手歯科医師におすすめです。特に、残根状態や支台歯の条件が厳しいケース(例:豊隆が少ない歯)での対応策として、部分床義歯の基本的な考え方から応用までを学ぶことができます。患者さんへの説明やインフォームドコンセント取得の際の注意点(患者の希望の確認)にも触れており、臨床導入への不安を軽減し、治療計画立案の幅を広げる一助となるでしょう。
緊急性の高い義歯修理・製作に対応したいクリニック
「入れ歯が壊れた」「仮の歯がすぐに欲しい」といった患者さんの緊急ニーズに迅速に対応したいクリニックにとって、この動画の手法は有効です。院内で義歯修理や一本義歯製作が可能であれば、外部ラボへの依存度を減らし、チェアタイムや治療期間を短縮でき、結果的に患者満足度向上に繋がります。動画では短時間での製作プロセスが紹介されており、院内のリソース(人員、設備、材料)を考慮しながら、ワークフローに取り入れる際の具体的なイメージを持つことができるでしょう。
部分床義歯の設計・調整スキルを高めたい歯科医療従事者
クラスプの適合、維持力調整、床用レジンの取り扱い(厚み、強度)、咬合調整、ティッシュコンディショナーの効果的な使用法など、部分床義歯治療における細かな調整技術に関心のある全ての歯科医療従事者にとって有益です。特に、患者さんの違和感を最小限にし、快適な使用感を得るための臨床的な配慮(初期のクラスプ維持力、床の薄さ)やテクニックが随所に解説されており、日常臨床のスキルアップに直結します。適合精度を高めるための細かな工夫やトラブルシューティングのヒントも得られます。
歯科医師自身が手がける迅速一本義歯製作:臨床テクニックと勘所を解説
入れ歯治療を数多く手がける伊藤歯科医院の伊藤高文先生が、歯科医師自身の手で一本義歯を製作した症例について解説する動画です。 どんなに壊れた義歯でも90分で修理可能というコンセプトのもと、今回は「被せ物が外れてしまい、再装着不可能な残根状態」という臨床現場でしばしば遭遇するケースに対し、迅速かつ機能的な一本義歯を製作するプロセスを詳細に紹介しています。
症例概要と課題
本症例は、右下5番(第一小臼歯)の被せ物が脱離し、歯根のみが残存(残根状態)している患者さんです。隣接する右下6番(第一大臼歯)はオールセラミッククラウンが装着されていますが、歯冠形態的に豊隆が少なく、クラスプ(義歯を支える金属のバネ)をかけるには維持力が得にくいという課題がありました。また、右下4番(第二小臼歯)も支台歯として利用する必要がありました。このような状況下で、機能的かつ安定した一本義歯をどのように設計・製作するかがポイントとなります。
設計のポイント:クラスプとアンダーカット処理
伊藤先生は、この課題に対し、右下4番には咬合面を回る単鉤(サーカムファレンシャルクラスプ)を、右下6番には両翼鉤(ダブルアームクラスプ)を採用しました。 4番の単鉤は、レスト(義歯の沈み込みを防ぐ支持部)としての役割も担わせる設計です。一方、維持力が得にくい6番に対しては、クラスプを歯面にしっかりと適合させ、特に舌側面は隙間なく沿わせることで維持力の向上を図っています。
義歯製作において重要なのがアンダーカット(歯の最も膨らんだ部分より下の窪み)の処理です。6番の近心(手前側)にあるアンダーカットにクラスプ先端が入り込むと、義歯の着脱が困難になります。これを防ぐため、水硬性仮封材を用いてあらかじめアンダーカットを埋め、クラスプが適切な位置に収まるように模型上で処理しています。この丁寧な前処理が、スムーズな着脱と適合性の鍵となります。
歯科医師による院内製作の実際
本動画の特筆すべき点は、歯科医師自身が診療の合間を縫って、比較的短時間で義歯を製作しているプロセスを示していることです。 ワイヤーベンディングから即時重合レジンによる床(ピンク色の部分)の製作、研磨まで、一連の流れが紹介されています。 床は違和感を少なくするために薄く作られていますが、クラスプ自体が補強線の役割も果たすため、強度的な心配は少ないと解説されています。
調整と患者コミュニケーションの重要性
完成した義歯は、まず適合を確認し、必要に応じてティッシュコンディショナー(粘膜調整材)を用いて細かな適合調整を行います。これにより、患者さんの装着感が格段に向上すると伊藤先生は述べています。また、クラスプの維持力は、最初はやや緩めに設定し、痛みが出ないことを確認してから必要に応じて締めるという、患者さんへの配慮も示されています。咬合についても、残存歯がしっかり噛んでいること、義歯のレスト部分が強く当たっていないかを確認します。
さらに、一本義歯の製作にあたっては、「患者さんが本当に必要としているか」を確認することの重要性も強調されています。 必要性を感じていない患者さんに無理に装着すると、違和感からトラブルになる可能性があるため、事前の十分なコミュニケーションが不可欠です。
まとめ
この動画は、一本義歯という特殊な部分床義歯の設計から製作、調整までの実践的なテクニックを、歯科医師自身の視点から学ぶことができる貴重なコンテンツです。 院内技工に関心のある先生方、部分床義歯のスキルアップを目指す先生方、そして日々の臨床で欠損補綴の選択肢に悩む全ての歯科医療従事者にとって、多くの示唆を与えてくれる内容となっています。
はじめに:一本義歯製作の意義と歯科医師による実践
現代の歯科医療において、欠損補綴の選択肢は多岐にわたります。ブリッジ、インプラント、そして部分床義歯(デンチャー)が主な選択肢として挙げられますが、患者さんの口腔内状況、全身状態、経済的・時間的制約、そして希望によって最適な治療法は異なります。中でも「一本義歯」は、1歯のみの欠損に対して適用される部分床義歯であり、特定の状況下で有効な選択肢となり得ます。
本動画では、入れ歯治療を専門分野の一つとして長年手がけてこられた伊藤歯科医院の伊藤高文先生が、歯科医師自身の手によって一本義歯を製作した症例を詳細に解説しています。動画の冒頭で示される「どんなに壊れていても90分でできる義歯修理」というコンセプトは、院内で迅速に対応できる体制と技術力の高さを物語っています。今回は修理ではなく新規製作ですが、その迅速性と臨床応用力の高さを示す好例と言えるでしょう。歯科医師が技工プロセスの一部または全部を担うことは、特に緊急時や微調整が必要なケースにおいて、患者満足度向上と治療効率化に大きく貢献する可能性があります。
症例背景:残根状態と支台歯の課題
今回取り上げられた患者さんは、右下顎第一小臼歯(右下5番)に装着されていた補綴物(被せ物)が脱離したことを主訴に来院されました。診査の結果、当該歯は歯根のみが残存している「残根状態」であり、従来のセメント合着による補綴物の再装着は不可能と判断されました。欠損部位の両隣には、第二小臼歯(右下4番)と第一大臼歯(右下6番)が存在し、特に6番にはオールセラミッククラウンが装着されていました。
ここで臨床的な課題が生じます。まず、欠損部位である右下5番を補う必要があります。ブリッジは隣在歯を削る必要があり、インプラントは外科処置と期間、費用を要します。一方、部分床義歯、特に一本義歯は、比較的侵襲が少なく、迅速に対応できる可能性があります。しかし、支台歯となる右下6番のオールセラミッククラウンは、天然歯に比べて形態的な豊隆(ふくらみ)が少なく、クラスプ(義歯を維持するための金属のバネ)をかける上で十分な維持力を得にくいという問題がありました。適切な維持力が得られないと、義歯が浮き上がったり、不安定になったりする原因となります。また、右下4番も支台歯として活用する必要があり、これらの歯の形態、位置関係、咬合関係を考慮した精密な設計が求められました。
設計戦略:クラスプ選択とアンダーカットマネジメント
伊藤先生は、これらの課題に対し、以下の設計戦略を採用しました。
クラスプデザイン:
右下4番(第二小臼歯): 咬合面(噛む面)を経由して頬側から舌側へと歯を取り囲む「単鉤(たんこう、サーカムファレンシャルクラスプ)」を選択。この設計により、維持力(義歯が外れようとする力に抵抗する力)と把持力(義歯が水平方向に動揺するのを防ぐ力)を確保するとともに、咬合面に設置される部分が「レスト」の役割を果たし、義歯が歯肉方向に沈み込むのを防ぐ支持機能(サポート)も期待しています。動画内では、レスト部分を設けずにフック状にするデザインも最近は多いと言及されていますが、今回は沈下防止効果を重視した設計となっています。
右下6番(第一大臼歯): 維持力が得にくいという課題に対し、頬側と舌側の両方からアームを伸ばす「両翼鉤(りょうよくこう、ダブルアームクラスプ)」を採用。特に舌側(内側)のアームは、歯面に可及的に近接させ、隙間なく適合させることで、わずかな豊隆でも最大限に活用し、維持力の向上を図っています。頬側のアームは、主に把持と安定に寄与します。
アンダーカット処理:
歯冠形態において、歯の最も膨らんだ部分(豊隆部、サーベイライン)から歯頚部(歯と歯茎の境目)にかけて存在する窪みを「アンダーカット」と呼びます。クラスプの先端(維持腕)をこのアンダーカットに入れることで、義歯は維持力を得ます。しかし、アンダーカットが深すぎたり、クラスプの進入方向に対して不適切な位置にあったりすると、義歯の着脱が物理的に不可能になったり、著しく困難になったりします。
本症例では、右下6番の近心(手前側、5番側)にアンダーカットが存在しました。ここにクラスプの一部が深く入り込んでしまうと、義歯が引っかかって外せなくなるリスクがあります。これを回避するため、伊藤先生は作業模型上で、このアンダーカット部分を「水硬性仮封材」を用いてあらかじめ埋めてしまいました。これにより、クラスプが必要以上にアンダーカット内に入り込むことを防ぎ、スムーズな義歯の着脱経路を確保しています。このステップは、適合が良く、かつ患者さんが容易に着脱できる義歯を作る上で極めて重要です。
製作プロセス:歯科医師による院内技工
動画では、伊藤先生自身がワイヤー(クラスプ用)をプライヤーで屈曲し、設計通りに形成していく様子が示唆されています。特に右下6番の舌側クラスプは歯面に緊密に適合させる必要があり、精密なベンディング技術が要求されます。右下4番の単鉤の舌側部分は、レジン床による支持があるため、6番ほど厳密な適合は求められず、ある程度の隙間は許容されると解説されています。
クラスプが完成した後、即時重合レジンを用いて床(義歯床、ピンク色の歯肉部分)を製作します。一本義歯の場合、床の面積は比較的小さくなりますが、強度と装着感のバランスが重要です。伊藤先生は、患者さんの違和感を軽減するために床を比較的薄く製作していますが、クラスプの金属部分が床内に埋入されることで、補強線の役割を果たし、破折のリスクを低減していると説明しています。
製作された義歯は、作業模型から撤去され、形態修正と研磨が行われます。最終的に、非常にコンパクトで精密に作られた一本義歯が完成します。伊藤先生は、一本義歯であれば診療の合間を利用して製作することも可能であると述べており、院内技工の効率性と利便性を示唆しています。
臨床応用:装着、調整、そして患者コミュニケーション
完成した一本義歯は、患者さんの口腔内に試適されます。まず、設計通りにスムーズに着脱できるか、適合状態は良好かを確認します。動画では「適合良好でした」と述べられています。
しかし、硬いレジン床と粘膜の間のわずかな不適合は、時に痛みや違和感の原因となります。そこで、伊藤先生は「ティッシュコンディショナー」と呼ばれる軟性の裏装材(粘膜調整材)を使用します。これを義歯床の内面に塗布し、口腔内で粘膜に圧接させることで、粘膜面の形態を精密に転写し、適合精度をさらに高めることができます。これにより、圧迫感が軽減され、患者さんの主観的な装着感が劇的に改善されることが多いと強調されています。
クラスプの維持力調整も重要なポイントです。新品のクラスプは、きつく調整しすぎると支台歯に過度な力がかかり、痛みや不快感を引き起こす可能性があります。そのため、伊藤先生は、装着初期段階ではクラスプを「若干緩めかな?」と感じる程度に調整しておき、患者さんが慣れてきた段階で、もし緩さが気になるようであれば後から締め直すという方針をとっています。これは、初期トラブルを避け、患者さんの義歯への適応をスムーズに進めるための臨床的な配慮と言えます。
咬合(噛み合わせ)の確認も必須です。まず、義歯を装着した状態で、残存している天然歯がしっかりと噛み合っているかを確認します。次に、義歯自体、特に右下4番の咬合面に設置されたレスト部分が、対合歯(上の歯)と強く干渉していないかをチェックします。もしレスト部分が高く、早期接触を起こしている場合は、その部分を削合して調整する必要があります。場合によっては、対合歯の形態修正が必要になることもあります。動画では、初期段階として患者さんの違和感がないレベルで咬合を確認し、もし将来的にさらに緊密な咬合接触が必要になった場合は、後から即時重合レジンを盛り足して調整することも可能であると柔軟な対応策を示しています。
最後に、伊藤先生は一本義歯製作における重要な注意点として、「患者さん自身がその義歯を強く希望しているか」を確認することの重要性を挙げています。歯科医師側が良かれと思って製作しても、患者さん自身が欠損部位に対して特に不自由を感じていなかったり、入れ歯に対する抵抗感が強かったりする場合、完成した義歯が全く使われず、かえって違和感や不満の原因となり、トラブルに発展するケースがあるからです。したがって、治療開始前の十分なインフォームドコンセントと、患者さんのニーズや価値観を正確に把握することが、一本義歯治療を成功させるための鍵となります。
結論:一本義歯製作における臨床的示唆
この動画は、単なる一本義歯の製作手順を紹介するだけでなく、臨床現場で直面する具体的な課題(残根、維持困難な支台歯)に対する実践的な解決策、歯科医師による院内技工の可能性、そして患者中心の医療を実践するための配慮(ティッシュコンディショナーの使用、段階的なクラスプ調整、十分なコミュニケーション)など、多くの重要な示唆を含んでいます。
特に、アンダーカットの適切な処理、支台歯の状況に応じたクラスプデザインの選択、患者さんの感覚を重視した調整法は、部分床義歯治療に携わる全ての歯科医療従事者にとって、日々の臨床に直接活かせる知識と技術です。また、歯科医師自身が技工プロセスに関与することのメリットと可能性を示しており、今後の歯科医院経営やワークフロー構築においても参考になるでしょう。この症例解説を通じて、一本義歯という治療オプションの理解を深め、臨床における対応力を高める一助となることを期待します。