1.歯科医院のグループ化とは?

「グループ化」とは、複数の歯科医院を一つの法人・グループの傘下にまとめ、経営や人材、サービスの一体運営を行う形態を指します。
以下のような形態があります。
・医療法人内での多院展開
・異なる法人の統合
・M&Aによる買収・吸収
・フランチャイズ型の運営
日本では医療法人制度が厳しく制限されているため、かつては個人経営が一般的でしたが、2000年代以降、制度緩和やM&A市場の活性化により、歯科医院のグループ化が現実的な選択肢となってきました。
M&Aとは?
M&Aとは「Mergers and Acquisitions(合併と買収)」の略で、企業や事業の統合・譲渡・買収を意味します。歯科業界においては、ある歯科医院(または医療法人)が他の医院を買収したり、経営権を譲渡したりするケースを指します。
以前は「企業買収=敵対的」といったイメージがありましたが、近年では「後継者不在の医院を継承する手段」「経営効率を上げるための戦略」として、ポジティブな選択肢としてM&Aが広がっています。
2.歯科医院グループ化の主なメリット
①経営の効率化と安定化
複数歯科医院をグループ化することで、物品の一括仕入れや外注費の削減、人材共有などにより、スケールメリット(規模の経済)を得ることができます。経営が安定しやすくなり、利益率の向上が見込めます。
②人材確保と育成の強化
単独医院では難しい専門的な教育プログラムやキャリアパスの提供が可能になります。
新卒歯科衛生士・歯科医師にとっても「安心して長く働ける環境」として魅力的になります。
③働き方改革への対応
時短勤務、産休・育休制度の整備、有給休暇の取得促進などが実現しやすくなります。これは若い世代や女性スタッフが多い歯科業界において、大きな強みです。
④ブランディングと集患力の向上
グループとしてのブランド力がつくことで、患者からの信頼感や安心感が増します。
ネット広告やSNSを活用した広報も、専門チームを設けて効率化できます。
⑤後継者問題の解決
院長の高齢化や後継者不在問題は全国的に深刻です。グループ化は事業継承の選択肢としても有効で、医院の価値を残すことができます。
3.歯科医院グループ化のデメリットと課題
①個性や自由度の喪失
グループ全体での方針やルールが優先されるため、これまでの「自分らしい診療スタイル」を貫くのが難しくなることがあります。
②意思決定の遅延・煩雑化
組織が大きくなることで、意思決定に時間がかかったり、承認フローが複雑になることがあります。現場での柔軟な対応が難しくなるケースも。
③スタッフのモチベーション管理
複数の医院をまたぐ形になると、スタッフの帰属意識が薄れたり、評価基準の違いで不満ができることも。人事評価制度の整備が必要不可欠です。
④M&A後の「文化の融合」が困難
買収・統合後、経営方針や理念の違いが明らかになり、スタッフの離職や内部対立が起きるケースも。統合プロセスの設計が鍵になります。
4.M&Aによるグループ化が進む背景

①後継者不在問題の深刻化
厚生労働省のデータによると、60歳以上の開業歯科医師は年々増加しており、多くが後継者を持たないまま診療を続けています。M&Aは「患者を残したまま医院を閉じずに済む」現実的な手段として注目されています。
②民間投資ファンドの参入
近年、ヘルスケア分野への投資熱が高まっており、歯科医院グループを対象とした買収・資金提供も活性化しています。専門のM&A仲介会社も増え、情報も開示されやすくなっています。
③新規開業のリスクの増加
都市部では競争が激化し、新規開業のリスクが高くなっています。そのため、既存医院の買収によってスムーズに地域に根ざした運営を始める若手歯科医師も増加中です。
5.実際のM&A事例と成功のポイント
事例①地方都市の老舗医院をグループ化
60代院長が引退を考え、都市部のグループ法人に売却。設備更新、人材確保が進み、患者数も維持され成功。
ポイント
・事前の情報開示とスタッフ説明
・医院の「看板」を残す経営方針
事例②都市部の小規模医院の統合
同じエリアに複数展開していた医院を1法人にまとめ、経営資源を集中。マネジメントの一本化で収益改善。
ポイント
・共通システムの導入(予約・カルテ)
・院内マニュアルの統一と教育体制強化
6.歯科衛生士・スタッフにとっての変化
グループ化が進むと、スタッフの働き方にも変化が生じます。
・教育・研修制度の充実
若手育成プログラムや専門研修の導入でスキルアップしやすくなる。
・移動・転勤の可能性
転勤先の柔軟性が求められる一方、希望に沿ったキャリア形成も可能。
・評価制度の明確化
グループ全体での人事制度整備が進み、透明な評価・昇給の仕組みが導入される。
7.今後の展望と課題
グループ化は今後さらに加速する見込みです。しかし、単に数を増やすだけではなく、「理念の共有」「質の維持」「地域医療への貢献」が求められる時代です。
一方で、小規模・個人医院にも「選ばれる医院」になるチャンスもあります。グループに属さずとも、独自の価値を打ち出すことで差別化を図る動きも増えています。
つまり、これからの時代は
・大きくなることではなく、自分に合った運営スタイルを選ぶこと
・ひとりで頑張るからチームで強くなるへの転換
が大切になってきます。
8.M&A・グループ化を検討する際のチェックポイント
グループ化やM&Aを検討する際には、医院側・受け入れ側のどちらにとっても「成功」につながるかを見極める必要があります。以下は、実際の現場でも重視される代表的なチェックポイントです。
①理念や診療方針の一致
買収や統合の話が進む際に、最も重要なのは「診療に対する考え方が一致しているかどうか」です。たとえば、予防中心の医院が、保険中心・効率重視の経営方針の法人に買収されると、スタッフや患者の混乱を招きます。経営戦略や診療体制の方針が合わないと、統合後の離職リスクが高まります。
②医院の資産・契約内容の確認
設備投資額、リース契約の有無、土地建物の所有関係など、経営資産や負債の正確な把握は不可欠です。
また、医療法人の場合は持分(出資金)の問題もあるため、弁護士や会計士などの専門家のサポートが必要です。
③スタッフとの関係性と雇用継続の意思確認
M&Aの際、見落とされがちなのがスタッフの雇用条件や契約内容です。労働条件の変更がないか、退職金規定はどうなるのか、役職・評価制度は引き継がれるのかなど、事前の説明と確認がとても重要です。特に、長年勤務してきたスタッフが信頼関係のもとで診療を支えている場合、M&A後も変わらずに働ける環境が整っているかが鍵となります。
9.歯科医院M&Aの流れ
実際のM&Aは、以下のようなステップで進んでいきます。個人医院の先生にとっては馴染みが薄いかもしれませんが、事前に把握しておくことで不安の軽減につながります。
ステップ1:情報収集・検討
・自分の医院の資産価値を客観的に把握する
・M&A仲介会社に相談・登録
ステップ2:買い手候補とのマッチング
・条件のすり合わせ(エリア・規模・方針など)
・相手法人の過去のM&A実績・理念・方針の確認
ステップ3:意向表明・基本合意書の締結
・条件に合意した段階で、独占交渉権などを定めた基本合意を結ぶ
・守秘義務契約(NDA)も同時に締結される
ステップ4:デューデリジェンス(精査)
・財務内容・法務リスク・人事制度・資産内容などを第三者が徹底的に調査
・問題がなければ、買収価格の最終調整に進む
ステップ5:最終契約・譲渡の手続き
・医療法人であれば、厚生局への届け出や変更認可が必要
・スタッフへの説明会や引き継ぎの実施
このように、M&Aは短期間で決まるものではなく、通常半年〜1年程度をかけて慎重に進められます。
10.歯科業界の未来に向けて:グループ化は「勝ち組」戦略なのか?
ここまで歯科医院のグループ化とM&Aについて述べてきましたが、「グループに入る=正解」とは限りません。
確かに、グループ化には多くのメリットがあります。しかし、それは理念やビジョンが一致し、現場との信頼関係が築けてこそ発揮される力です。
一方で、個人医院には小回りの効く強みや、「先生のファン」である患者という存在、かけがえのない財産があります。
つまり、これからの時代は
・大きくなることではなく、自分に合った運営スタイルを選ぶこと
・ひとりで頑張るからチームで強くなるへの転換
が大切になってきます。
11.医療法人と個人医院、それぞれで働いて見えたこと(筆者の経験談)
医療法人で働いて感じたこと
医療法人はスタッフの人数が多く、組織としてのルールが細かく整備されています。
例えば、マニュアルや研修制度がしっかりしており、新人教育が体系化されていたり、評価制度が可視化されているケースも多いです。
一方で、決裁や変更に時間がかかることもあり、現場での柔軟な対応がやや難しいと感じた場面もありました。
教育体制が整っている分、働く側としては安心感がありましたが、どこか組織の一員として動いている感覚も強かったです。
個人医院で働いて感じたこと
個人医院では長く勤めているスタッフが多く、「家族的」な雰囲気があります。
チームワークや団結力が高く、医院全体に一体感があります。
また、患者さんも院長先生の人柄に惹かれて通っている方が多く、コミュニケーションが取りやすいのが印象的でした。
12.まとめ

歯科医院のグループ化は、経営の安定や人材育成の面では大きなメリットを持つ一方で、文化や理念の統合、スタッフのモチベーション維持といった課題も伴います。
M&Aは、歯科医師にとっても働くスタッフにとっても大きな転機となり得ます。
重要なのは「どのようにグループ化するか」「何のために統合するのか」という視点です。
これからの歯科医院経営は、個人の信念と組織の力をどう統合させるかが鍵になります。
今後の歯科業界の動向に注目しながら、柔軟で持続可能な医院経営を目指しましょう。
おわりに
歯科医院のグループ化・M&Aは、ただのトレンドではなく、医療の質と持続性を高めるための一つの選択肢です。
しかしその成否は、「誰と組むか」「何を守るか」「どこへ向かうのか」によって大きく左右されます。
経営者としても、歯科衛生士やスタッフとしても、こうした変化に対して受け身になるのではなく、自ら学び、選び、発信できる力が求められる時代です。
歯科衛生士ライター:大久保
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