インプラントはいつからあるの?
日本にチタン製のインプラント治療が普及し始めたのは、今から40年前。
1983年にスウェーデンからチタン製のインプラントやその術式、そして考え方が当時東京歯科大学の助教授であった小宮山弥太郎先生によって持ち込まれました。
それまで日本ではチタン製ではなく、人工サファイア製のインプラントが使用されていました。
人工サファイア製のインプラントではチタンのように骨との結合を得ることができず、そのため折れてしまうケースが多くありました。
これにより、「インプラントは危ない」という悪いイメージが定着してしまいます。
このマイナスイメージにより、1983年に知識として持ち込まれはしたものの、今日のように世間一般に普及するまでには長い道のりがあったそうです。
歯科大学に講義として盛り込まれたのは2000年初めころとされていますから、大変な苦労をされたことと推測されます。
厚生労働省が令和2年に行った「医療施設(静態・動態)調査(確定数)」によりますと、令和2年9月中に歯科診療所で行われた「インプラント手術」の件数は、30,291件でした。
現在では芸能人やスポーツ選手がインプラント手術を行ったことを公表するなどして一般にも広く認知されているインプラントですが、歯科大学の講義に盛り込まれたのは2000年、そして実習レベルのカリキュラムがスタートしたのは2010年です。
これを見ると、まだまだその術式や必要な知識やスキルが熟知され洗練されているとは言いにくい状態であることが分かります。
今回は過去の訴訟を振り返り、インプラント治療においてどのようなことを考え、患者さんに説明することが大切なのかを考えてみましょう。
インプラントにまつわる訴訟
訴訟ケース① インプラント治療による死亡事故事例
2回に分けて行われる予定であった8本のインプラントのうち、1回目の治療として下顎の5本のインプラント治療が行われた。
最初の4本までは、特に問題なく治療が終了したが、最後の1本である第2小臼歯部の治療の際、ドリルで骨に穴を開けたにも関わらず、インプラント体が固定されなかった。
そこで歯科医師は、舌側にドリリングを実施。
その後アバットメントの取り付けの際、患者に異変が生じた。
歯科医師が改めて治療部分を覗くと、舌の下側にある口腔底と呼ばれる部分に極度の腫れを確認。下顎を貫通し、舌下動脈を損傷したことによる大量出血でした。
圧迫止血をするなどの緊急処置を行ったものの、出血によって口底部に血腫を生じ、のどを塞がれて呼吸が出来なくなってしまった患者はうなり声をあげ、やがて腕の力が抜けて垂れ下がりました。
AEDをはじめとする各種蘇生処置を行ったものの効果を得られず、病院へ救急搬送。
病院にてさらなる救命措置を施されたが、翌日午前、患者は死亡した。
訴訟ケース②ドリリング及びインプラント体の埋入に際して注意義務を怠ったとして過失を認めた事例
手術前にCTを撮影せず、下顎管ないしオトガイ孔までの距離を正確に把握せずに長さ18mmのインプラント体を使用した手術を行った。ドリリング及びインプラント体埋入の際の角度不足に過失があったことにより左下歯槽神経を損傷し、神経麻痺による左下口唇、左オトガイ部の知覚異常及びアロディニアの後遺障害が残った。
インプラント体を埋入する手術においては、インプラント体等により、神経を損傷し、知覚障害等が生じる危険性があるため、医師には、当該危険性等につき事前に説明する義務がある。
しかし、被告はインプラント手術が考えられること及び、インプラントの利点を説明し、インプラント手術に伴うリスクとして、出血、痛み及び腫れが生じる可能性について説明したのみで、神経損傷や神経麻痺が生じる可能性があることなどについては説明しなかった。
トラブルを未然に防ぐためにはどうすればいいのか?
・CT撮影による細やかな状況把握の必要性
動脈を損傷することは命に関わりますし、神経を損傷すれば後遺障害として麻痺が残ってしまいます。
しかし、CT撮影を行い血管や神経の位置を把握しておくことができれば防げた事故かもしれません。
目に見えない歯茎の下、骨の中のことであるからこそ、細かい部分まで確認し、起こり得るリスクについて精査しておくことが求められます。
・インフォームドコンセントの徹底
「インフォームドコンセント」とは、医療行為を実施する前に、医療行為について十分な説明を行い、患者がその内容を理解し、納得した上で同意を得ることです。
訴訟ケース①においては、初診からわずか4日で手術当日を迎えており、また初診ではインプラント8本を同日中に埋入する予定でした。
ですが、手術前日に患者本人から電話にて一度に8本のインプラントを埋入する手術に対して不安を覚えたことから手術を2回に分けるか、本数を減らしてほしいという希望があったことから、歯科医師は患者の意向に従い、左下顎に4本、右下顎に1本のインプラント体を埋入する手術を行うことにしました。
患者側が早急な治療を望み、また歯科医師側が今まで何度もインプラント治療を行なってきたベテランであったとしても、患者の訴えに深く耳を傾け、丁寧に説明を重ねて患者の不安を取り除くことが大切であると考えられます。
国民生活センターが2011年に行なった「インプラントのメインテナンスを受けているか:というアンケートでは、インプラント治療を受けた患者の36.9%がメインテナンスを受けておらず、さらにそのうち27.3%からは「歯科医師から指示がなかったから」と答えています。
インプラントはインプラント歯周炎など、天然歯に比べてトラブルを起こしやすいとされています。
インプラントは埋入したら終わりではなく、その後のお手入れやメインテナンスをしっかりと行なっていく必要があることを先にお伝えしておくことが患者のインプラント治療後の不安感を抹消し、新たな紛争を起こさないために必要なアクションと言えるでしょう。
説明を行った際にはどのような内容を伝えたか、それに対して患者は理解していたかをカルテに記載しておくことが重要です。
いつ何をどのように伝えたか、同意を得られたかを知るためにも手書きカルテにしっかりと記入をしておきましょう。
また、契約書は必ず交わしておきましょう。
どのような内容でいつ契約を交わしたのか、日付と患者のサイン入りで残しておくのが望ましいです。
・全身状態の把握
血圧はもちろん、予後のことを考え糖尿病や喫煙についても事前に確認しておくことが重要です。
また、現在の服薬状況も必ず確認しておきましょう。
注意が必要なのは「骨粗鬆症の薬」です。
「血が止まりにくくなる薬」が口腔内に影響することは理解していても、ビスフォスホネート製剤が歯科に大きな影響を与えることを知っている方はまだまだ少ないと思われます。
ご本人の言葉を確認するだけでなく、こちら側から具体的に「今どんなお薬を飲んでいますか?お薬手帳を見せてください」とお声かけをし、服薬内容についてきちんと問診を重ねておくことが重要です。
まとめ
今回は過去にあったインプラントに纏わる訴訟について見てきました。
インプラントが特別というわけでなく、日々の診療においても日々研鑽を重ねることはとても大切なことです。
患者に対して傾聴と対話を心がけ、そして手技スキルを磨いて安心して診療を行えるよう整えていきましょう。
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