歯科経営
2022年6月に発表された「骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針)」において「国民皆歯科健診」という文言が初めて明記され、
当時大きな話題になったことはまだ記憶に新しいのではないでしょうか?
お口の健康は全身の健康にも重要であるという認識の高まりから、日本政府はプロジェクトチームを立ち上げ、
国民皆歯科健診制度の2025年の導入を目指した具体的な検討を進めています。
本記事では、この「国民皆歯科健診」の概要や目的、目標などについてまとめていきます。
「義務化」というキーワードから突如話題となった国民皆歯科健診ですが、日本歯科医師会が長年に渡り生涯を通じた歯科健診の実施を求めていたことが
その背景となっています。
これまでの骨太の方針にも「障害にわたって歯科健診を強化すべき」という文言が盛り込まれていました。
国民皆歯科健診とは「すべての世代の国民が障害にわたり歯科健診を受けられる制度」です。
日本では口腔の健康が国民の健康と質の高い生活のために重要とされ、歯科疾患の予防を推進することが法律で定められています。
しかし、現時点で義務付けられている歯科健診は、
・1歳6ヶ月、3歳児健康診査
・幼稚園児、小学生から高校生を対象とした歯科健診
・塩酸、硝酸等の有毒なガス、または有害な粉じん等を使用、これらの物質が存在する職場に従事している職業の方
のみとなっており、義務化されていない大学生・社会人以降においては歯周病をはじめとするお口のトラブルの増加が社会問題化しています。
成人期の歯周病予防のための「歯周疾患検診」は40歳、50歳、60歳、および70歳の節目で受診することができるものの、受診率の低さが課題となっています。
厚生労働省の「平成28年国民健康・栄養調査」によると、20歳以上を対象とした過去1年間に歯科健診を受けた割合は平均約52.9%と未だ受診率は低いままです。
30歳代は歯周炎が発症しやすい年齢であり、それ以前の若年期からの予防的メンテナンスが重要ですが、
高校卒業から40歳までの約20年間の間に義務付けられた歯科健診はなく、このため痛みのない歯周病に対して気づける機会がないということも
日本人の歯周病罹患率が高いことの理由の1つであると考えられます。
国民皆歯科健診の目的は、
「口腔の健康をシームレスに維持して、歯周病と関連する糖尿病、心臓心疾患、アルツハイマー型認知症、誤嚥性肺炎、関節リウマチ等の発症や進行を抑制し、
健康寿命を延ばすことで医療費の抑制を目指すこと」
です。
日本は2007年に超高齢化社会に突入し、高齢の方への医療費が年々増している状況にあります。
増加する高齢者に対する福祉、医療サービスにかかる医療費の増加はもはや避けることができない喫緊の課題です。
高齢者がいつまでも生き生きと自分らしく暮らしていくためには、心身の衰えを予防することが大切です。
お口の健康が維持できると、自分の歯でしっかり噛むことができるだけでなく、よく噛むことで脳の血流が増え、脳神経細胞の働きが活発になり
認知症予防につながります。
また、しっかりと噛むことができれば様々な食材を食べることができ、栄養バランスが取れることで運動機能が向上し、寝たきり防止にも繋がります。
虫歯や歯周病を早期に発見できれば、重症化して抜歯になってしまう前に治療することができるため、大切な歯を守り、全身の健康を守ることができるのです。
では、来たる「国民皆歯科保健」において私たち歯科医療者は患者さんのどこに重点をおいて診て行けば良いのでしょうか?
2023年5月に厚生労働省から発表された「歯科口腔保健の推進に関する基本的事項の全部改正について」で述べられたそれぞれのライフステージにおける目標を
確認していきましょう。
①乳幼児期
健全な歯・口腔の育成を図るため、歯科疾患等に関する知識の普及啓発、う蝕予防のための食生活や生活習慣及び発達の程度に応じた
口腔清掃等に係る歯科保健指導並びにフッ化物応用や小窩裂溝予防填塞法等のう蝕予防に重点的に取り組む。
②少年期
健全な歯・口腔の育成を図るため、乳幼児期の取組に加え、歯周病予防対策にも取り組む。
また、運動時等に生じる歯の外傷への対応方法等の少年期に特徴的な歯・口腔の健康に関する知識の普及啓発を図るなど、歯科口腔保健の推進に取り組む。
③青年期・壮年期
健全な歯・口腔の維持を図るため、口腔の健康と全身の健康の関係性に関する知識の普及啓発、う蝕・歯周病等の歯科疾患の改善の支援に取り組む。
特に歯周病予防の観点からは、禁煙支援と緊密に連携した歯周病対策等に取り組む。
④中年期・高齢期
歯の喪失防止を図るため、青年期・壮年期の取組に加えて、根面う蝕、歯・口腔領域のがんや粘膜疾患等の中年期・高齢期に好発する疾患等に関する
知識の普及啓発に取り組む。
また、フッ化物応用等の根面う蝕の発症予防や歯周病の重症化予防等のための口腔清掃や食生活等に係るしか保健指導等の歯科疾患の予防及び
生活習慣の改善の支援に取り組む。
⑤その他
妊産婦やその家族等に対して、妊産婦の歯・口腔の健康の重要性に関する知識の普及啓発を図る。妊産婦の生活習慣や生理的な変化により
リスクが高くなるう蝕や歯周病等の歯科疾患に係る歯科口腔保健に取り組む。
また、乳幼児等の歯・口腔の健康の増進のための知識に関する普及啓発等を推進する。
①乳幼児期から青年期
適切な口腔機能の獲得を図るため、口呼吸等の習癖が不正咬合や口腔の機能的な要因と器質的な要因が相互に口腔機能の獲得等に影響すること等の
口腔・顎・顔面の成長発育等に関する知識の普及啓発を図る。
併せて、口腔機能の獲得等に悪影響を及ぼす習癖等の除去、食育等に係る歯科保健指導等に取り組む。
また、口腔機能に影響する習癖等に係る歯科口腔保健施策の実施に際し、その状況の把握等を行いつつ取り組むものとする。
②壮年期から高齢期
口腔機能の維持及び口腔機能が低下した場合にはその回復及び向上を図るため、オーラルフレイル等の口腔機能に関する知識の普及啓発、
食育や口腔機能訓練等に係る歯科保健指導等に関する取組を推進する。
口腔機能に影響する要因の変化は高齢期以前にも現れることから、中年期から、口腔機能の低下の予防のための知識に関する普及啓発や口腔機能訓練等に係る
歯科保健指導等の取組を行う。
また、特に高齢期では、口腔機能に影響する歯・口腔の健康状態等の個人差が大きいことから、個人の状況に応じて
医療や介護等の関連領域・関係職種と密に連携を図り、口腔機能の維持及び口腔機能が低下した場合はその回復及び向上に取り組む。
国民皆歯科健診が実施される予定期日まであともう少しです。
国民皆歯科健診が義務化されることにより、今まで自発的に歯科受診することのなかった方々が来院されることとなり、
その方々にいかに予防歯科の重要性をお伝えするかが私たち歯科医療者に求められることとなります。
治療(cure)から予防(care)へのシフトが緩やかに行われてきた歯科医療業界においてこの国民皆歯科健診は大きな追い風となることが予想されます。
一度の来院で終わってしまうことのないよう、定期検診の大切さについて改めて院内で考えてみてはいかがでしょうか。
ライター:歯科衛生士 古家
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